文化 [雑記]
「工場の片隅にあるオブジェ」
Canon EOS30D, EF70-200mmF4LIS
Canon EOS30D, EF70-200mmF4LIS
キューポラのある街、そこの鋳物工場の裏手にガラクタが捨てられていました。しかし見れば見る程、美しいオブジェ。経年による酸化。鉄は錆びると別の美しさをかもし出します。
幼少の頃は別にして、記憶にある限り、七草粥を食べたのは生涯で1度だけです。10数年前、仕事でどうしても正月に休みを取れない事があり、5日だか6日から変則的な正月休みを取った事があり、その時の旅行先の旅館の朝食で、七草粥なる代物を頂いた、これが最初で最後。
実家では1月7日に七草粥を食べる習慣が全く無かったって事なんです。だから七草を言ってみろと言われても3つしか知らなかったりします。「せり」、「すずな」、「すずしろ」の3つ。「すずな」と「すずしろ」はそれぞれ蕪、大根であると誰かに教わった事があり、それに何故か「せり」は知っていました。多分テレビで知ったのでしょう。
残る4つは・・・。調べてみると「なずな」、「ごきょう(母子草)」、「はこべら(はこべ)」、「仏の座(こおにたびらこ)」だそうです。「なずな」は何となく響きは時折聞きますが、他の3つ、いやぁ、恥ずかしい事に、初耳でござんす(笑)。
そして秋の七草となるとてんで1つも知りません。モミジとかイチョウとかあるんかいな?、と言っちゃう程の無知人間。しかも秋の七草は食べるのでなく、鑑賞するものであるって事も今知りました・・・。
こんな時、春の七草も秋の七草も、はたまた年神に関する門松や鏡開き、この辺の日本の文化は学校で歴史と共に教えるべきなのではなかろうか?、歴史と言う教科の中に「文化」なるジャンルを設けるべきでは?、ふとそう思うんです。
例えば今年、うちは鏡餅は買ったけど、門松も松飾りも買わなかったので、うちへの道しるべを持たない事になり、年神様にはスルーされちゃっている・・・。ならば年神様に供える鏡餅を買う意味がなく、しかも昨年は鏡餅を、駄目と判っていても包丁で切り分けちゃっていますからね。
恐らく今の若い世代の人達、そんな日本の風習の他、馴染みの西洋文化であるバレンタインやハロウィン、クリスマスが実際には何の行事かも知らない方が多いのでしょう。
ならばそういう授業があってもいいのでは?。ゆとり教育が確実に見直されるでしょうから、この辺の事項も詰め込んでみても良いと思いますねぇ~。
酸化した鉄 すごい存在感ですね。
by yuuri (2010-01-12 21:42)
> yuuriさん
ありがとうございます。ある意味、「鉄っちゃん」なんです。鉄道ではなく、鉄そのものが大好きなんです。特に鉄錆を見つけるとウキウキしちゃいます。
by BigDaddy (2010-01-13 02:36)